Keywords:路上観察,写真,フィールドワーク,グラフィックデザイン
内藤 唯香
[NE29-0159G/CDプログラム]
1.はじめに
私たちは情報の溢れかえった街で日々を過ごしている。そして何かしらのタスクを達成するために、情報を無意識に取捨選択している。例えば目的地に向かう時に、私たちは曲がり角の目安になる建物を情報として受け取る。この際に視界に入っている道端の落とし物や水溜りなどといったものは、情報として認知されない。おそらく気づきもしないだろう。この取捨選択によって行動が効率化され、私たちは負荷なく目的地に到着することができる。これは、情報で溢れかえった街において忙しない日々を上手く生きていくために、誰しもが無意識にやっていることだろう。しかし、そういった取捨選択によって私たちは一端の豊かさを失っている。日常の強力な秩序である効率性や実用性に囚われ、多くのおもしろいものを見落としてしまっているのだ。
そこで筆者は、日常に「路上観察」を取り入れることを提案する。例えば路上には片手袋や行き先のない階段といったものが存在する。このような意図の線上から外れたものを、「日常のバグ」と呼ぶ。路上にはこのような「日常のバグ」が無数に存在する。刺激的な出来事がなくとも、それらを丁寧に拾ってみれば街の景色はうんと豊かになる。この「日常のバグ」を楽しむ路上観察によって、変わり映えのしない日常もいかようにも楽しく過ごすことができるだろう。
2.研究の目的
本研究では考現学や路上観察学を参考に、筆者自身が日々路上観察を実践、記録していき、それらをまとめることで何も無いように見える日々から多彩な出来事を発見できることを実証する。また採取した観察を独自にラベリングし、グラフィックデザインの手法を用いることで、幅広い層が見て楽しめるようなコンテンツとして提示することを目的とする。
3.調査と考察
3.1.先行事例との関連
考現学と、それを元に生まれた路上観察学[1]が挙げられる。そもそも考現学とは、大正十二年の関東大震災後、焼き後から再び始まった人々の生活の即物的な面を観察し、板切れに描かれた看板から街往く人々の衣服の類まで目当たり次第スケッチし採集したことが始まりだ。この即物的というのがいかにも重要で、例えば看板を観察するときに、「どうしたら商品が売れるか」ではなく、先人はただ「ブツとしての看板の面白さ」をチョクに採集した。これらの学問に基づくと、路上観察において重要なのは即物的な感覚である。決して難しく考える必要はなく、目の前のものに即物的に向き合う路上観察は誰しもが気軽に日常で実践できるものなのだ。
3.2.路上観察フィールドワーク
日常で路上観察の視点を取り入れるということを私自身が実践し、週に1〜2回ほどの頻度でフィールドワークに取り組んできた。場所を限定することはしなかったが、振り返ると杉並区と中野区が多くなっている。最初は地元のみに絞っていたが、私の地元である埼玉県戸田市は都内に近いため、どんどん住む人が増え家族向けに開発されていっている小綺麗な街だ。そのためバグが発生しにくいと感じた。対して、古い建物が多く雑多としている街では時間の経過による風化や物の重なりが激しくなるためバグが豊かだ。よって杉並区と中野区近辺を歩くことが多くなっていった。時には、同じく古い建物が多く、雑多としている街として墨田区や足立区まで足を伸ばしたりもした。そういった街では落とし物も豊かだ。例えば、両靴の落とし物に出会ったのは中野区のみだった。
また、路上にさえいれば路上観察は可能なので、用事の行き帰りといった些細な時間も常に路上観察を意識して過ごした。そうして1年間で約400枚の写真そして観察データを集めた。
4.成果物
4.1.街バグ観察記
1年間の路上観察フィールドワークで貯まった膨大な観察データを書籍にまとめた。ウェブという選択もあったが、書籍の方が路上観察の感覚に近いため、書籍を選んだ。全部で162枚の写真が掲載されており、一枚一枚は変わった写真ではないものの、大量に集まることでこの1冊から「街」を濃厚に感じられるようになっている。
4.2.観察の分類
集めた観察データはそれぞれの性質から5つの型に分類した。独自のカテゴライズによってあたかも図鑑のように見せ、路上観察という一見わかりにくい行為に対して自然に興味を引きつけている。また、各型には「集合」「演出」「メッセージ」「穴」「漂流物」と命名。図鑑らしさが増すほか、当たり前の景色に名前という枠組みを与えることで観察対象として意識させるようにした。さらにこれらにロゴを追加し、クオリティを高めた。
4.3.構成と工夫
型ごとの冒頭で私自身の観察を添えた写真を見せ(図2)、その次に写真のみを見せる(図3)、その繰り返しで構成されている。私自身の観察ばかりでは観察が持つ自由さが損なわれてしまうので、読み手に観察を委ねる後者ページを大事にした。しかし丸投げになってしまわないように、枠組み(図1)を意識したレイアウトにこだわることで観察のヒントを与えている(図3)。また、全体を通して、フォントにもこだわっており、観察から受けたイメージをフォントに投影している。些細な工夫ではあるが、それらのグラフィックデザインの手法による工夫から、誰でも気軽に眺めて楽しめる書籍になっている。
5.おわりに
本研究のきっかけはコロナによる自粛だった。人との接触や外出などの制限が迫られ、私の日常はこの一年でむしろ退屈なものになっていた。しかし路上観察を意識することで、些細なワクワクや喜びを感じたりすることは逆に増えた。変わり映えのしない日常を強制的に送る中、皮肉ながらそのおかげで路上観察がもたらしてくれる豊かさを確かに実感することができたのだった。本研究で制作した書籍には、そうして私が観察を通して感じてきた街の豊かな姿が詰まっている。ぜひこれを読んだ人が路上観察を取り入れ、ただの日常も楽しく変えていって欲しいと願っている。
参考文献
[1]赤瀬川原平・藤森照信・南伸坊(1993) 『路上観察学入門』ちくま文庫
[2]菅俊⼀(2017) 『観察の練習』株式会社廣済堂
[3]NHK「デザインあ」制作チーム(2018) 『デザインあみるほん』株式会社金の星社

