当事者デザインアプローチによる 多面的な記録を用いた省察方法の研究

Keywords:省察,当事者デザイン,リフレクション

川上 友輝

[NE29-0127B/CDプログラム]

1. はじめに

日記を書くことで、私たちは日々の出来事を記録し、ふりかえることができる。また、⾃分の知らなかった新たな自分の特徴に気づくこともできる。このような行為はリフレクション(省察)と呼ばれ、自分の行いを意識的に振り返ることで「見直す」ための有効な手段であることは多くの人が理解している。しかしながら、日記を毎日記述して、リフレクションを行なっている人は一定数しかいない。原因として挙げられることは日記を書く時間を確保する難しさ、⽂字を書くことに対する億劫さである。これらの要因以外にも電⼦端末の普及に伴い、1日に入ってくる情報量は日々増えている。かつては日記などを記述してアウトプットを行なっていた時間に、現代人はSNS、動画配信アプリなどからインプットを行なっているのが現状である。
IoT(Internet of Things)の流れを受けて、スポーツブランドなどでは独自に運動量を電子機器に記録できるサービスが開発されている。例えばadidasが提供しているサービスでは「日付」を記録の基準にするのではなく、「運動量」を新しく基準として設けている。
こういった異なる軸を設定することは、まだまだ多くの可能性がある。そこで筆者は、省察における新しい基準を設けることによって日記を記録したくなるようなデザインができるのではないかと考える。

2.研究の目的

本研究では、様々な記録方法で記録を取りながら日記を書き続けることで、省察における基準を見つけていく。従来の日記は日付という基準で過去を振り返り、省察を行っているが、新しい基準を設けることによって、より記録に向かう動機を高める方法を生み出すことを目的とする。そのためのアプローチとして、当事者デザインの考え方を取りいれる。当事者デザインは、デザイナーが三人称的な方向からデザインするのではなく、自分自身が一人称的な視点で、自分にしか見えない主観的な世界を汲み取ったデザインを行っていくものである。これによって、筆者自身が、1年間様々な方法での記録を取り続けることで、によりどのようにマインドが変わるのかについての検証を行う。

3.先行事例との関連

省察を行うことで当事者デザインを行なっていくという研究として、アメリカの哲学者、ドナルド・A・ショーンが提唱した「リフレクション(省察)」が挙げられる。これはアメリカの哲学者、ドナルド・A・ショーンが提唱した理論である。世の中の専門家は技術的合理性に基づく技術的熟達者が一般的であるとされていた過去をくつがえし、専門家として無意識のうちに「行為の反省」を行っており、それに基づく反省的実践家であるべきだと主張する。これは 私たちに置き換えても、無意識のうちに省察し、行動をしていることがあてはまる。この「行為の反省」を様々な形で記録することで、当事者デザインがより高度な次元で出来るのではないかと考える。

4.調査と考察

4.1.半年間の記録方法の模索・考察

筆者自身で様々な記録媒体で半期間記録を行なった。前期の半年間で様々な記録方法を行い、そこから自分にあった省察方法を見つけるためとする。行なった方法としては、運動量、排便の記録、食事の記録、家計簿など多岐に渡る。その結果、即座に記録ができる媒体であるほど、記録は継続しやすいとの結果が出た。
以上のことから、日付以外の新しい基準を設けることで省察に対してのハードルを下げることに効果的であると考えられる。

 

図 1前期での様々な記録例

4.2. 「雫ファクトリー」省察に対する考察

半年間様々な記録を行なっていた中で、自分にとって一番有効である記録方法がいくつか見つけることが出来た。それらの記録を簡略化し、一つのフォーマットで記入することができる「雫ファクトリー」を作成した。このフォーマットでは毎日の感想を日記として書く、体重・体脂肪率の記録、体の写真の記録、その日学習したことの記録などを一つにまとめた。
半期間の調査の結果、自分自身が記録を行うにあたり、何か目標がないと記録を持続させることが難しいことがわかった。また、一日の短い時間の中で記録を行える媒体でないと日常生活において記録が邪魔な存在になりうることも理解できた。このことから、自分にあった記録を作り省察を行うには「簡略化」「効率化」が必要だと考察する。

5.実践と考察

5.1記録の叙述の省察についての考察1

これらの記録を叙述し、省察を行う中で自己形成とは自分自身が生まれてからの「積み重ね」でしかなく、新しいことをやったとしてもそこまでの自分の原体験や、願望などが反映されているのではないかと考察した。毎日の記録の積み重ねは微々たるものであるがその積み重ねを叙述することにより、目に見えて変化が見えるようになり、そこから自分自身の成長を実感することが出来た。

5.2. 記録の叙述の省察についての考察2

人間は他人が知っているが自分が知らない「盲点の窓」が存在する。この「盲点の窓」は自分が思っているよりかなり多い。またそれを素直に教えてくれる人も社会には少ないことも事実である。省察を行うことにより自分自身を客観的に見ることができるようになるのでこのような「盲点の窓」の扉が開かれているのではないかと考察した。

6. 成果物

6.1.雫ファクトリー

最終成果物としては1年間の当事者デザインの中で自分に合う記録方法を組み合わせた「雫ファクトリー」を1月23日に専修大学サテライトキャンパスで行われた卒業展示会で披露した。掲示方法としては今までの記録の変化を一覧で見られるように紙媒体を段ボールに貼って掲示した。当日はOBの方に、「コロナ禍」という中だからこそ出来た内省的な研究だという感想をいただいた。
その中でも参考になったのは記録を続けていく中で自分自身の変化が見えるようにデザインされている点を評価してもらえたことだった。昨日と今日の記録の差は本当に微々たる差である。しかし毎日の点の積み重ねが線として見えた時に、省察しておくことは難しいのが現状である。これを毎日記録して継続して行ったことにより、展示会で発表できたことは大きな成果であると考える。

図 2展示会での様子

6.2.1年間の省察を振り返っての省察本

卒業展示会では「雫ファクトリー」と一緒に今までの省察を一年単位で振り返った本も作成し展示した。今までの省察を年単位で振り返ることにより、省察のレイヤーをさらにより上へと昇華させることが出来たと実感している。

9.おわりに

大学3年生までの私の学修内容は主に他者とのコミュニケーションの場をデザインすることにより体現することだった。2020年はコロナウイルスにより私たちの生活様式は今までの生活様式とは様変わりした。この研究をするにあたってこんなときだからこそ自分自身とコミュニケーションを取ろうと思い、今回の研究テーマに立ち返った。研究室のメンバーそれぞれの研究内容も自己内省的な研究内容が多かった印象がある。
この研究を通して一番感じたことは一日には「余白」があることである。毎日記録をしているとどうしても何も思い出が残らない日があった。これは記録を毎日続けているからこそ生まれる余白であると推察する。私は、この日常に生まれる「余白」にこそ意味があるのではないかと考える。毎日の微々たる差は自分では気づけない。だからこそいつでもその場面に立ち返ることができる。省察することができる環境を整備しておくことが、大学を出た後新しいスタートを切る際に重要なことになってくるのではないかと感じた。

参考文献

[1]佐藤学・秋田喜代美 訳/ドナルド・ショーン 著
(2001) 「専門家の知恵〜省察的実践家は行為しながら考える」 ゆみる出版

[2] 「ADIDAS RANNING BY RUNTTASTICとは?」
https://shop.adidas.jp/running/arblog/article/2019122101/