土によって耕される人間の意識変化の研究

Keywords:土,コンポスト,農業,オントロジカルデザイン

杉野 絢音

[NE29-0036E/CDプログラム]

1.はじめに

私たちにとって、生活の基本の一つである「食」を欠かすことはできない。そして農業は、その「食」を支える、非常に重要な役割を担う。しかしながら、近年は衰退産業と言われ、その原因として、農業従事者の減少、耕作放棄地の増加、高齢化の進行などが挙げられている。確かにこれらは事実である。一方で、農業産出額はピーク時と比較すると減少しているものの、2011年以降徐々に回復しており、一概に農業が衰退しているとは言えないだろう[1]。産出額回復の要因として考えられるのは、AIやIoTを利用したスマート農業の推進などによる、生産性の向上である。また、農業ビジネスの多様化により、アグリテイメント(agriculture+entertainment)のように農業とは縁遠い人が農に関わる機会も増加している。農業が変化しつつある今、農と人の距離を縮め、作物を食べるだけでなく、そこに至るまでの背景にも意識を向けたい。

 

2.研究の目的

本研究は、日常生活の中で作物の栽培やその周辺の環境を見つめ直すことで、普段農業とは縁遠い人が農業を理解する機会、農業を始めるきっかけをつくることを目的とする。調査より農業の魅力は作物が育つ過程にあると考え、日々の作物の成長や変化を楽しめるような意識の変革を目指す。

3.調査

3.1.先行事例との関連

前期はシェア農園などを中心に、作物の栽培に対するアプローチの形の調査を行った。しかし、ドイツのDYCLE[2]というスタートアップ企業のデザイナーへのインタビューによって、作物を育てる上で最も重要とも言われる「土」の存在に気がついた。DYCLEでは、土に還る素材で作ったおむつを堆肥化して安全かつ栄養のある土を作り、その土を使って果樹を植える。数年後、その木に実った果実は、堆肥のもとになるおむつを使っていた赤ちゃんの口に入る。このサイクルでできた果実を食べるとき、自分もその果実の成長に関与したと思うと、そこに思い入れが生まれるだろう。このプロセスは、私が実現したい「作物が食事になるまでの背景に意識を向ける」ことに利用できると考えた。
インタビューでは独自に開発した土に還るおむつの詳細などを伺ったが、同じサイクルを個人で実践してみることは難しく、これを参考に、より簡単に始められる仕組みを考える。

3.2.コンポストの調査

DYCLEの、使用したおむつを土にするプロセスにはコンポストが利用されていることを知り、コンポストについても調査を行った。コンポストは、排泄物以外にも落ち葉や生ゴミをもとに堆肥をつくることができる。
また、コンポスターにも種類が豊富にあり、それぞれ堆肥化の手法が違うため、3000円程度で自ら作るものから、中には10万円を超える機械もある。生ゴミなどを扱うため、清潔さや匂い、スペースや手間などを考慮すると、それ相応の費用がかかる場合もある。

4.検証

4.1.ダンボールコンポストの実践

調査を踏まえ、まずは自分自身でコンポストを実践することとした。本研究では最終的に農に対する意識の変化を目標とするため、食事に関連する生ゴミを基材とした。また試しやすい手軽さを重視し、コンポスターにダンボールを活用する「ダンボールコンポスト」を選択した。

コンポスト開始当初、コンポスト自体のデザインをつくることで、コンポストを日常の中に取り入れやすくすることを目指していた。しかし、コンポストを実践する中で、自分自身の意識の変化を感じた。

ダンボールコンポストの場合、生ゴミ投入の有無に関わらず、1日に一度は必ず土を攪拌する作業が必要である。それが毎朝のルーティンとなり、日々変化する土に対して愛着が湧き始めた。汚いイメージも無くなり、コンポスト内に生えるカビも存在が嬉しく感じるようになった。

私自身がコンポストと関わることでデザインされ、土やそれを取り巻く環境への興味が深まった。

4.2.コンポスト堆肥を使用したほうれん草栽培

実際にダンボールコンポストでできた堆肥を使用し、ほうれん草の栽培も行った。コンポスト堆肥の効果があるのかを確認する比較対象として、堆肥なしのほうれん草も栽培した。
最も違いが現れたのは根だった。間引きの時点で、図のように根の広がり方、土との絡み方が全く違い、堆肥の効果を感じることができた。

 

図 1 土のみで栽培したほうれん草

図 2 堆肥を使用したほうれん草

5.成果物

5.1.ダンボールコンポスト日記

コンポストの性質上、投入した生ゴミは分解されて完全になくなる。そのため、日々の生ゴミの投入量と内容、入れたものによって土に起こる変化、天候などを記録するとともに、コンポスト生活によってデザインされていく自分自身の心境や意識の変化の過程を残す日記を作成した。
コンポストには日々生ゴミを投入するが、分解されるとバイオガスと水になるため、何ヶ月経っても土の総量に変化はない。この記録を振り返った時に、開始時と一見何も変わらない土が様々な生ゴミを分解している事実に改めて驚かされ、興味深いと思った。また日記としてその時の気持ちを書き残した文面からは、自分の意識の変化も強く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

図 3 30日目のコンポスト日記

5.2.コンポストを取り巻く環境のダイアグラム

コンポスト開始後、自分自身の意識の変化は土に対してのみでなく、天候やコンポスト堆肥を使い栽培した作物にも及んだ。また、母もコンポストに興味を持ち一緒に使うようになったり、バイト先の生ゴミを持ち帰るようになったことで他の従業員たちにもこの取り組みに興味を持ったりした。
このように、私とコンポストから様々に広がった関連性をダイアグラムとしてまとめた。

図 4 ダイアグラム

6.おわりに

本研究は、前期に想定していたサービスの開発とは大きく違う方向に進んだ。しかし、本来の目的であった農に対する意識や距離感の変化は、後期の活動を通して自ら実感することができ、母や友人へこの取り組みを広げることもできた。プロダクトやサービスでなくとも、今回の成果物を見てもらうことで、土という存在に人がデザインされ、<農>とそれを取り巻く環境への興味につながると考える。
私が土によって数ヶ月でデザインされた経験を知って、この取り組みをより多くの人が実践し、意識の変化を体感してくれることを望んでいる。

 

参考文献 / Webサイト

[1]『農家の人口減少について考察してみる』
http://nou-ledge.com/2019/02/05/190205_agricultural_-population/
[2]DYCLE https://dycle.org/en
[3] デイビット・モンゴメリー+アン・ビクレー 著 片岡夏実 訳 2016 『土と内臓 微生物がつくる世界』 築地書館
[4] 藤井一至 2018 『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』 光文社
[5]アナ・チン 著 赤嶺淳 訳 2019 『マツタケ 不確定な時代を生きる術』 みすず書房