Keywords:読書 , 文学 , グラフィックデザイン , インスタレーション
1.はじめに
本を読むことで、私たちは先人の残した価値ある教えを学ぶことができる。また、自分の知らなかった世界へも行くことができる。読書は現実世界では学びきれない知識や経験を補えるものであろう。しかしながら、近年は若者の「読書離れ」が加速している[1]。原因として挙げられることは読書時間を確保することの難しさや、文字を追うことに対する億劫さである。また電子端末の普及に伴い、日頃から数多の情報を容易に入手できるようになった。映像や音声、画像を組み合わせたマルチメディアが増えてきたことで、「読書離れ」により一層拍車がかかっていると考えられる。
こういった流れを受けて、公共図書館や書店等では、読書推進の取り組みが多く行われている[2]。しかし、日頃そのような場所に足を運ばない人々にとっては読書との接点が希薄なままであることには変わりがない。そこで筆者は、情報社会の文脈を考慮した上で人と本の新しい接点に着目した。その接点をデザインすることによって若者の読書に対する印象や観点を変化させることができるのではないかと考える。
2.研究の目的
ここで扱う「本」は、主に物語が綴られた文芸作品を指す。本研究では、グラフィックデザインの方法を取り入れ、文芸作品の世界観と文章及びイラストを掛け合わせた視覚表現の制作を行う。従来は文字という記号だけであった文芸作品に視覚的な造形要素を加味し、メディアを変えることによって違う伝わり方が生まれると予想される。これらの条件や要素をデザインすることによって、普段本を手に取らない若者たちの抵抗感を減らし、読書へ繋げるための接点を作り出すことができるかの検証を目的とする。
3.先行事例との関連
SNSを通じて読書への導線を試みた事例として、The New York Public Library(NYPL)が行った「Insta Novels」[3]が挙げられる。Instagramのストーリー機能を利用して、スライドショー形式で小説の文章が1ページずつ表示される。SNSに本を介入させることで公共図書館や書店等に赴かなくとも読書が始まる仕掛けである。しかし、この事例ではNYPLの公式アカウントをフォローしなければ閲覧できず、文字を追うことへの億劫さも解決されていないことから、従来の読書に対する印象や観点を変化させるほどの効果は期待できないと言える。読書に至るまでのハードルを下げた上で、本との接点を作り出すことが必要である。
4.調査と考察
現状を把握するため、大学4年生7名を対象にインタビューを行った。読書は、文章から風景描写が想像でき、登場人物の心情を繊細に汲み取ることができるという利点を感じているものの、その分考えることが多く、時間もかかるため読み疲れてしまうという意見を得た。結果的に読書は嫌いではないが気が進まないといった感情が生まれ、読書から遠ざかっているという状況が推測された。
次に本と同様、物語を自ら追っていく紙媒体の例として漫画について質問した。漫画はイラストが主で、映像的に情報を受け取れることから、疲弊せずに読み進められるといった意見を得た。即座に物語の情報を受け取れるものほど、読書への億劫さは軽減されると考察する。
以上のことから、視覚表現の力でイメージを転換できるグラフィックデザインのアプローチを取り入れることは読書への課題解決に効果的であると考えられる。
5.成果物
5.1.展示会コンセプト
2020年1月専修大学構内にて、インスタレーション展示を行った。若者には疎遠になりがちだが一度読んでみると独特な世界観があり惹かれていくものがあると考え、近代文学を題材にした。また初心者でも読みやすいよう短編小説を選定した。萩原朔太郎の「猫町」、梶井基次郎の「愛撫」、宮沢賢治の「注文の多い料理店」、以上の3作品を取り上げ、各々に統一性を持たせるため「化け猫」をモチーフにデザインを行った。しかしながら、読書とは読み手によって本から受け取るイメージが少しずつ異なり、それが読書の面白さでもあることから猫のイメージが固定化されないよう猫の完全なビジュアルは描かず、顔のパーツのみに絞ることで読み手が想像する余地を残した。
また、これらの作品ならではの不気味さや、奇妙さを体感してもらうため、本から活字が飛び出してきた夢のような現実のような世界観を表現し、展示全体を「夢現(ゆめうつつ)」と名付けた。
5.2.展示作品「猫町」
幅約5m、高さ約2mのグラフィックを床に貼り付け、文章を読みながらグラフィックの上を歩いていく展示を制作した。
図1 「猫町」のインスタレーション展示
道に迷った主人公が、いつも見ていた景色を別の方角から見ると全く違う景色に見えてくるというストーリーを伝えるため、出入口に見る方向によって見える絵柄が変わるワイヤーを使ったトリックアートを設置した。
5.3.展示作品「愛撫」
図2 「愛撫」のインスタレーション展示
自作のドレッサーを設置し、鏡に文章が文字組された透明のフィルムを貼り付けた。
登場人物の女性は飼っていた猫の手を化粧道具にして化粧をしているというストーリーで、展示のドレッサー上に置かれている、布で作られた猫の手を見て身の毛がよだつ感覚を味わうことができる。
5.4.展示作品「注文の多い料理店」
幅約2m、高さ約2mのグラフィックを壁に貼り、幅1.5mほどの人が座れるお皿、ナイフ、フォークを床に展示した。
図3 「注文の多い料理店」のインスタレーション展示
人がお皿の上に座ることによって、今にも猫に食べられてしまうようなストーリーのワンシーンを再現できる。
6.考察
展示を見た参加者からは「本に対する嫌悪感を忘れさせてくれた全く新しい本だった」「体験から小説を知って、出会って、また広げていくという感覚が楽しかった」などの声があり、メディアを変えたことによって読書に対する観点を変化させたと言える。視覚的に表現したことによって、文字という記号のみの本から、見て体験しながら読む本へと拡張させることに成功した。その結果読書への抵抗感が薄れ、展示会でなければ読む機会のなかったであろう近代文学との出会いで、本との接点を作り出すことができたと言える。
7.おわりに
本研究の活動を通して、従来の読書とは個人で活字を読み進めストーリーに入り込むまでに時間がかかるものだったが、今回行った展示のような視覚表現を用いた読書によって、より多くの人が本の良さに触れる機会が増えていくことを期待している。
参考文献
[1]『大学生の読書離れが浮き彫りに「1日の読書時間0分」過半数に出版社も危機感』https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1802/27/news082.html
[2] 「大学における読書推進の取り組み」
https://www.u-presscenter.jp/2019/02/post-40924.html
[3]「The New York Public Library Insta Novels」
https://www.instanovels.work/





