映画『嗤う分身』を題材とした グラフィックデザイン手法の多角的検討

Keywords: グラフィックデザイン、情報デザイン、アイデア発想、タイポグラフィ


[NE30-0199K/CDプログラム]

1.はじめに

私たちが日々目にするものは完成されたもので満ち溢れている。そしていつの間にか私たちの目は完成されたもので肥え、見たことのないものを表現する力を失いつつある。表現には理由があり、背景があり、歴史があり、意味がある。見たことのない表現を生み出すにはそれらを自身で解剖し理解する必要があるが、デザインの学習者の多くは十分に解剖出来ていない。完成された美しいものばかりを求め、その過程で得るはずだった多くの視点を失っているのだ。近年、デザイナーがアイデアの発想にピンタレストを用いることで作品が似通ってきていることが問題になりつつある。
二次元の造形要素という制約があるグラフィックデザインにおいて、ほとんどの手法が出し尽くされていることは事実だ。しかし筆者はまだ可能性が残されていると感じる。既存の作品からインスピレーションを得る一般的なデザイナーの発想ではなく、よりコンテンツの構造にわたって多角的に分解することが必要なのではないかと考える。

2.研究の目的

本研究では一つの映画作品を事例に、造形要素の分解と再構成の実験の密度を高め、より多角的に検討するプロセスを取り入れることで新しいグラフィックの発想を生みだす方法論を開拓する。題材として、映画「嗤う分身」を選択する。
また、その方法論によって映画の鑑賞に対して新たな側面、解釈を発見出来るような違う見方を提供することを目的とする。

3.調査

3.1.先行事例との関連

様々な視点から観察、分解し、「気づく」を学ぶ先行事例として三木健の「APPLE」[1]が挙げられる。大阪芸術大学デザイン学科にて行われたもので、見慣れたリンゴを様々な方法で測り、その結果からリンゴとその後ろに広がる背景を読み取り、リンゴの新たな側面に気づく。「気づきに気づく」ことを徹底的に掘り下げ、リンゴ一つからでもデザインを深く学べることを実証している。
また、コンテンツの解剖の先行事例として、佐藤卓の「デザインの解剖」[2]が挙げられる。当書ではロッテのキシリトール・ガムを始め、フジフイルムの写ルンです、タカラのリカちゃん、明治乳業のおいしい牛乳を歴史、市場環境、製品図解、そして解剖の観点からまとめている。当書から習うべきことは解剖した一つ一つの要素を丁寧に掬い上げることだ。例えばそれぞれのロゴ一つをとっても、それぞれの要素の何故なのかを徹底的に分析している。
二つの先行事例において重要なことは一つのモノを多角的に観察し、解剖することで新たな発見や側面に気付き、それらが対象のモノの理解を深めることに繋がるということだ。私はこのコンテンツの解剖という手法を映画にも活かし、作品のより深い理解、そしてそれらの気づきをグラフィックデザインや新たな造形要素に落とし込むことで多角的な手法を検討することが出来ることを示したいと考えている。

3.2. 映画観察

私は本映画を前期に15回ほど、中間報告以降にさらに10回の視聴を重ね、セリフやカットといった表面的な表現から読み取れることではなく、その世界に存在するモノやその世界で行われている、もしくは起きているプロセスという部分にも着目し掘り下げていくことで、画面という2次元的メディアの向こう側に存在する3次元的世界の深層的な表現の理解に取り組んできた。

4.成果物

4.1.ポスター制作:「嗤う分身を読み解く」

映画観察から読み解くことが出来た2つの分解点からの考察を、A2サイズの計16枚のポスターとしてまとめた。中間報告では書籍でまとめるという案もあったが、文ではなく実際のカットや制作した図や資料で制作を見ていただきたいというのと、映画という本来映画館で見ることを想定されて作られたものを分解しているという事もあり、手元で見るのではなく映画館で見るような感覚に近づいて欲しいという思いで、大型ポスターを選択した。また、ポスター1枚にまとめるという内容の濃さではなく、いくつかの枚数に分けることで、制作物が収束的なものではなく一連のプロセスであることを感じられるようにした。

図1.展示会の様子

4.2.分解点

調査の際に見つけたいくつかの分解点の中で、一番深堀出来たものの2つである「サイモンとジェームズの協力シークエンスにおいて顔に当たる光と影」と「嗤う分身における建築」をピックアップした。

4.3.構成

まず「何故その点に着目したのか」ということを説明する事、そして自分が分解していった順番にポスターを構成する事、最後にその分解によって発見した作品への新たな着眼点という順番で構成した。この順番で構成することによって、私が実際に行ったプロセスが見ることが出来るということを大事にした。ザイン学習者たちがコンテンツを分解するプロセスを体感出来るように制作した。
「サイモンとジェームズの協力シークエンスにおいて顔に当たる光と影」をまとめる際に、実際のカットから読み取りづらい部分をトレースすることでより分かりやすくなるように工夫した(図2)。「嗤う分身における建築」では、私の頭の中の想像していることを文ではなく実際に図に起こすことで、受け手がより想像しやすくなるように工夫した(図3)。

図2.実際のカットをトレースして解説している部分
(制作より一部抜粋)

図3.図に起こしている部分(制作より一部抜粋)

5. 考察

この研究を通して私はデザイン初学者にコンテンツや問いと向き合うことで、本質的な問題や課題、もしくは多角的に見ることで新たな発見が出来ることを伝えたかった。しかしその過程で私自身の向き合い方を見直すきっかけにもなった。私が日々行ってきた向き合うということにはまだまだ奥があり、今ある知識だけではなくさらに新たに獲得した知識で見方や視点が広がることも分かった。
一方でデザイン初学者にとってこの方法、考え方というのはもしかしたら非常に難しいのかも知れないとも私は感じた。大量コンテンツ消費時代とも言える昨今、一つのコンテンツと向き合い続けるというのはある意味で時代に逆らっているとも言える。また、変化の激しい時代で問いが不変的である保証などはどこにもなく、常に流動し続ける中で対応していかなければならない。本研究の映画という選択肢も放映当時と今とでは違って見えるのかも知れない。本研究ではその部分を言及するまでに至ることが出来なかった。

6. おわりに

参考書に載っている答えとは違った答えなのにも関わらず、初めて丸をいただいた上に褒められたのは高校生の英語の授業であった。その時から私はずっと問いに対しての答えが一つじゃないことを知っていた。答えが複数個ある場合もあれば、答えにたどり着くプロセスが一つじゃないという場合もある。にも関わらず皆参考書に載っている答えと同じものに、もしくは似たようなものにたどり着こうと努力する。私はそれが嫌だった。それがこの研究を始めたきっかけである。
この学部に入ってからも似たようなことは続いた。問いやコンテンツと向き合わず、先行事例やネットで見たようなものを見ながら制作を進める。私はその現状に一石投じたかった。私自身も100%何も参考にせずに日々新しく制作しているわけではない。ただ時には問いやコンテンツと向き合い、それらの深層的な部分に触れてみてはいかがだろうか。ぜひ本制作に目を通してくれた人が新しく何かを生み出そうともがく時に、改めて向き合える手助けになるように願っている。

参考文献

[1]三木健(2017) 『APPLE』 CCCメディアハウス

[2]佐藤卓(2001) 『デザインの解剖①〜④』 美術出版社

[3]「ドフトエフスキー原作、近未来ディストピアを舞台に映画化『嗤う分身』」
http://www.webdice.jp/dice/detail/4467/