音楽美学,音楽と空間,ペルソナ説

[NE21-1174A/IBプログラム]
1.はじめに
音楽において「高音質で余計な音はない方が良い。」これは音楽を何気なく聴いている私たちにとって常識に思える。しかし、あえて音楽をくぐもらせ、環境音を加えることで音楽を聴きにくく加工したにも関わらず、一部の人に異様な人気を誇る動画ジャンル「You’re in a bathroom at a party」が存在する。本研究ではこの動画ジャンルが持つような「空間性」に注目し、音楽体験において空間が施す価値を明らかにすることを試みる。
2.研究の目的
本研究では「空間を含めた音楽」の特徴である「空間性」がどのように音楽聴取の体験を変化させているのかを明らかにし、その調査をもとに筆者が新たな「空間を含めた音楽」を作成し、既存のジャンルの領域を広げていくことを目的とする。
3.「空間を含めた音楽」とは
空間を感じるように音楽が加工されたコンテンツがYouTube 上 で 見 ら れ る 。 そ の 代 表 例 がYou’re In A Bathroom At A 2013 Party[1]だ。これは YouTube やSoundcloud に見られる音楽の加工形態の一つであり、既存のポップミュージックをクラブのトイレで聴いているようなくぐもった音に加工し、人々の会話が微かに聞こえるように環境音を加えた音楽ジャンルである。このような加工形態による空間性は他にも存在しており、人のいないショッピングモール (empty shopping mall[2])や雨が降っている時の車内 (driving in the rain[3])の場合もある。これらの YouTube 上にある音楽が空間的に加工された音楽・動画ジャンルを総称して本研究では「空間を含めた音楽」と呼ぶことにする。
4.調査
4.1.音楽に空間はどのように付け加えられているのか
音楽に空間を含めるという行いは具体的に何を指しているのか。これはエフェクト(リバーブとイコライザ)と環境音によるものだ。前者のエフェクトでは音楽に「リバーブ」を加え、空間が持たらす残響音を施すことにより、聞き手と音源との距離感を再現する。「イコライザ」は音楽の特定の周波数帯を強めたり弱めたりする音響効果のことを指し、これによって音源と聞き手の間の壁のような対象物による音の減衰を再現することができる。後者の「環境音」は雨音や人々の喧騒のような、その空間にいることで聞こえる音のことを指し、これを加えることによって具体的にどのような場所にいるのかの情報を聞き手に与えるのだ。
4.2.空間性による音楽体験の変化
通常の音楽を聴いている時はその音楽がどこで流れているのか(演奏されているのか)を意識することはない。しかし、「空間を含めた音楽」はその音楽がどこに流れているのかを音楽に施されたエフェクトと環境音によって意識せざるを得ない。これにより、聞き手の「音楽を聴く」という体験が「空間に流れている音楽を聴く」という体験に変化するのだ。
4.3.空間性によって音楽は BGM に近づく
この体験の変化は音楽聴取において変化を及ぼす。ここで「音楽による聞き手の感情変化の説明」に対して有力な説である「ペルソナ説[4]」を導入する。「ペルソナ説」は通常の音楽を聴く時、メロディーやハーモニー、テンポをペルソナの情動の表出として認識して感動したり悲しんだりするという説だ。この説に照らし合わせて考えたとき、「空間に流れている音楽を聴く」ことは空間状況に依存した音楽体験になり、ペルソナの情動の表出はあくまでも空間を成り立たせる道具の一つになる。よって、音楽自体が空間のための聞き流される音楽(BGM)に近づいてしまうのだ。(ここで注意すべきは、聞き手は流れている音楽を聴いているため、完全に意識せずに聴きながすための音楽(BGM)に変化しているわけではない。あくまでも BGM に近づいているだけである。)
5.新たな「空間性を含めた音楽」を制作
5.1.「空間を含めた音楽を」4つの変数に分解
4 では空間が音楽にどのような影響を及ぼすのかを明らかにした。成果物では新たな「空間を含めた音楽」を制作し、既存の「空間を含めた音楽」の領域を広げていく制作を行うにあたって「空間を含めた音楽」を4つの変数に分けて制作を行った。
- 選曲(どんな音楽が流れているのか)
- メディア(どんなメディアから流れているのか)
- 空間(どんな場所にいるのか)
- 文脈(なぜその場所にいるのか)
(4 の文脈はタイトルや選曲などによる音には現れない情報のことを指す。)
以上の 4 つの変数を入れ替えることで既存には存在しない「空間を含めた音楽」を 7 つ制作した。
5.2.成果物
- 「煌びやかな音楽」と「親の喧嘩」
- 「坂本龍一『Aqua』」と「舞台裏」
- 「おしゃれな音楽」と「カフェ」
- 「合唱」と「音楽室」
- 「ロックミュージック」と道路
- 「楽しげな音楽」と「家の中」
- 「優しい音楽」と「ゾンビが蔓延る世界」
ここでは全ての作品を紹介するのは難しいため、特に新しいコンセプトを持った 2 作品を紹介する。
2 曲目の「坂本龍一『Aqua』」と「舞台裏」は坂本龍一の『Aqua』を舞台裏の遠い場所から聴いているような空間性を加えた作品である。この作品のコンセプトは「幽霊と人間の距離感」の表現だ。通常、幽霊というのは人々の目の前に直接的に現れるものではない。よく「誰もいないはずの部屋から子供の声が聞こえる」と言う人が多いように、隣の部屋にいる幽霊の存在は壁を介した音でしか実感することができない。この対象との距離感がなければ体験できない幽霊という存在を、一昨年亡くなった坂本龍一の幽霊がピアノを弾いているような音響にすることで表現したのだ。
7 曲目の「優しい音楽」と「ゾンビが蔓延する世界」は藤井風『満ちていく』のような優しい音楽を「ゾンビの声や銃声、爆撃音」によるホラーかつシリアスな空間と合わせた作品だ。あえて真逆のものを合わせることにより、原曲が持つ優しさと空間が持つホラーな要素が混ざり合い、ホラーな世界における安らぎを表現した。
このような既存のコンテンツにはない「幽霊と距離感」や「優しさとホラー」のコンセプトを持った作品を制作したことで、ジャンルの領域を広げることができたと考える。
6.おわりに
本研究では「空間を含めた音楽」における空間が音楽体験にどのような効果を与えるのかの分析と新たな「空間性を含めた音楽」の制作を行った。本研究を通して、私は対象との距離感について考えることが多くあった。
「空間を含めた音楽」は音楽に空間という距離感を与えることによって生まれる美の存在を示したが、近年の音や映像は高音質、高画質化し、SNS サービスにおいてもコンテンツにいかに集中させるのかを重視させるようになった。これはユーザーと対象の距離が年々近づいていると広義的に考えることができる。距離感が近づくことはその対象だけに注目するということであり、他のものとの関係性で対象を見ることができなくなる。
しかし、今回の研究では距離を置くことによって生まれる体験の分析を行い、距離感を作ることによる価値があることを示した。私はこれから先、対象との距離感を意識しなが
ら生きていくことになるだろう。
参考文献
[1] pain hours , “you’re in a bathroom at a 2013 party” (参照 2025-01-27)
https://youtu.be/xtav_zZuppU?si=ORdoGKSR4HFSEaI9
[2] Raspberries and Rum , “Toto – Africa(playing in an empty shopping centre)”,(参照 2025-01-27)
https://youtu.be/D__6hwqjZAs?si=t9K3vuLo4r4up1eb
[3] Celestial , “’i love you’ billie eilish but you’re driving in the rain”,(参照 2025-01-27)
https://youtu.be/I4G9MZ_SQmo?si=-S5-WR80HUQVbk_N
[4] 源河亨(2018) ,『悲しい曲のどこが「悲しい」のか』, pp.71-72
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssj/51/2/51_65/_pdf





