
Keywords: 身体知, からだメタ認知, リフレクション
1.はじめに
日常生活において身体が絡む知やスキル(以後身体知と呼ぶ)は無意識のうちに行動に現れ、言語化されることは少ない。しかし、アスリートなど普段から自らの身体と向き合い様々なトレーニングを行なっている人々は、言語として他者に伝えることができる。
筆者は数年前まで野球部に所属する高校球児だった。部活動中に監督から感覚を言語化できるようにと指導された。しかしながら、感覚を言語で表現することが容易ではない。自分の身体と常に向き合い、長い時間をかけ、自らの中にある抽象的なイメージを昇華させていき、腑に落ちる瞬間にたどり着いた時に初めて言語で表現できるようになるのである。
この言葉で表現することが難しい抽象的な段階では、メタ認知的な視点による省察が重要となる。着眼点を変えて省察を促すために、例えば練習方法を変えてみることが試されたりする。悪いクセが出てしまう部位を他者に観察してもらうことである。これは、その部位のクセがなぜ悪いのかを他者にことばで具体的に説明できる場合には有効であるが、一方でなぜそこを観察する必要があるのか説明することが困難な抽象的な場合には、コミュニケーションを十分に取ることができないため、別の方法で着眼点を変えなくてはならない。この問題に対して、映像を活用することは有効である。動画を撮影し、見返すことで、自分の姿を一度客観的に捉えつつ、自分自身の省察を促しながら、他者へ抽象的なイメージを共有するためのコミュニケーションのツールとしても使用することができるからである。筆者は、他者との共有やふり返りに映像を活用することで、身体知を獲得するプロセスを促進することができるのではないか、と考えた。
2.研究の目的
本研究はビデオによるリフレクション[1]を取り入れ、他者とのコミュニケーションを通じて身体知の体得する様子を記録し、共有するための映像コンテンツを制作する。
3.先行事例との関連
身体的メタ認知によって身体と環境のインタラクションを通して、暗黙知領域に属する知を言語化することで身体スキルの向上を図るという諏訪の研究がある[2]。これまでの事例は一人の当事者に焦点を当て、当事者が自身の身体と向き合うことでスキルを身につけていくプロセスが研究されている。そこで、本研究では複数人が同じ体験をする中で、ビデオに記録し、それぞれの感覚を共有することで互いに身体知を体得するためのヒントを見つけることができる環境をつくることを試みる。
4.調査
4.1.方法
筆者を含め、研究室に在籍する学生で「けん玉」の熟達プロセスを記録した。けん玉は大きさの異なる三つの皿がある「けん」と、そこから糸でつながる「玉」からなる。そして、主にけんから糸によってぶら下がる玉を引き上げ皿やけんで受け止める技術を競うものである。
けん玉にも複数の技があるが、その中から、けんに横向きに取り付けられた大皿で玉を受け止める「大皿」と、けんの頂点にある細い棒で玉に空けられた穴に差し込んで受け止める「とめけん」の二つの技の上達を目標とした。
また、取り組んでいる様子を映像に記録し、すぐに確認できるようにした。様子を本人だけでなく他人と一緒にに確認することで様々な視点からの意見を集めることが可能になる。
4.2.結果
このけん玉の中で最も初歩的な技である「大皿」の取り組みを通してそれぞれの学生に違いが見られた。
玉を引き上げる際の玉の軌道が円を描くように振り回しながらあげる学生や(図1)、けんを素早く下げて、重力によって落ちる玉よりも先にけんが下に来るようにする学生が見受けられた。しかし、他者の取り組みを観察し、感覚の共有を行うと、次第に円の軌道で玉を上げていたのを修正し、真上に玉をあげるようになり上達した。
後期になるとその結果、他者が発言した感覚やコツなどを自分なりに取り込みスキルの向上につなげる学生があらわれた。さらには、筆者はある学生の取り組みを撮影するために行為を観察していく中で、毎回、皿の体から遠い側の縁に当たって失敗するというクセに気づいた。そのクセに対して筆者は「皿の体に近い側に当てて失敗する」という改善策を提案した。これは、本人にとっては真上に玉を上げている感覚のはずだが、実際にはその感覚とはズレているためそのようなクセが出ているのだと考えられる。そこで、感覚と実際のズレを矯正するため「皿の体に近い側に当てて失敗する」という提案したものである。自分のくせに気づくことができた学生は、それを修正するように意識するだけでズレをなくすことができた。

5.成果物
5.1.コンセプト
研究の記録として撮影した映像素材を利用して、身体知を理解し、自分の身体と向き合うきっかけをつくるための映像作品である。
5.2.概要
タイトルを「成長のことば 〜身体知獲得プロセスに迫る〜」として、1年間、学生たちがけん玉に取り組み成長した様子を約10分程度のドキュメンタリーとしてまとめたものである。
これまで、記録・共有のために撮影してきたデータをつなぎ合わせて、学生数人を対象に研究序盤と終盤でけん玉の熟達度合いを比較し、その間にどのようなコツや感覚を掴み、成功するときの感覚を言語化している様子を見せるものである。映像の終盤は筆者自身が研究に取り組んできた考察をインタビュー形式でまとめている。

5.3.映像の評価
実際に学生たちがけん玉に取り組んだ結果から、言語化された感覚を表現しているシーンを撮影するとこに成功している。そのため、ことばで表されたものにも違いが生じていることを映像で見せることができる。この違いを広めるための映像として、目的を達成することができた。
6.おわりに
前期は、けん玉に取り組む中でスキルの向上や感覚を言語化する、身体的メタ認知のプロセスを捉えることができた。
後期もこれまでの取り組みを継続していく中で、作品制作のための撮影をおこなっていく中で、他人のクセに気づくこともできた。
自らの感覚やコツを言語化するプロセスは本研究で取り扱ったけん玉に限らず、多くの場面で必要になってくるものである。自分がどういった考えでその行動や判断をしたのかを他人に納得してもらうために論理的に話を組み立てるのと同様に、自分の中のコツや感覚を具体的にしていくことがコミュニケーションの一つの重要なスキルであると筆者は考える。映像作品を通じて、自分の身体と向き合ってみるきっかけとなることを望む。
参考文献
[1] 佐伯胖 刑部育子 苅宿俊文 『ビデオによるリフレクション入門:実践の多義創発性を拓く』東京大学出版会 (2018)
[2] 諏訪正樹 「からだメタ認知:ことばと身体の共創としての身体知学習のメソッド」(2015)
https://kaigi.org/jsai/webprogram/2015/pdf/2N5-OS-16b-1.pdf