
Keywords: 当事者デザイン
1.はじめに
多くの視覚障害者にとって、視覚で理解することを前提としたコンテンツや情報を扱うことは困難である。その事例の1つとして、グラフで表現される統計情報が挙げられる。
筆者自身が視覚障害者であり、これまでの大学生活の中で統計を扱う機会は何回もあったが、視線がぶれて縦軸と横軸が追えない、升目の中の文字が小さくて霞んで見えるなどの理由で、内容を理解する以前に、情報を読み解く事に大きな困難を感じる事が多々あった。
これらの事情から、視覚障害者が統計情報を理解するためのデザインの必要性を指摘できる。筆者はその方法として視覚とは異なる別の感覚に置き換えること、特に痛覚や温度感覚などを司る身体的な「体性感覚」を利用することが有効ではないかと考える。
また、普段視覚によって統計情報を理解している健常者にとっても、異なる感覚チャネルで統計情報を理解することによって、視覚だけでは得られないリアリティが生まれることが期待できる。これにより、視覚障害者、健常者双方にとって、身近な統計情報を同じように体験し、価値を共有出来ると考えられる。
2.研究目的
本研究では、視覚障害者と健常者が共に体験するためのコンテンツのデザインを行うための知見を整理することを目的とする。まず、1)統計情報が扱う数値情報を別の感覚に置き換える実験を行い、2)その適用の効果と限界をまとめた上で統計情報を伝える展示コンテンツのデザインに反映させ、3)外部団体と連携し、ユニバーサルに楽しめるコンテンツに発展させることを目指す。
3.先行研究
視覚情報を別の感覚に置き換えるという点では、下記のような事例が挙げられる。
ⅰ.組み木日本地図
視覚情報を触覚情報に置き換えるコンテンツとして、道府県を全て断片的なパーツにした組み木日本地図が挙げられる。プラスチック製の類似例と比較し、木製であるため、良好なさわり心地によって触覚を刺激するという点が挙げられる。
ⅱ.感光器
感光器は、光の強弱を音に変換する装置である。視覚情報を聴覚情報に変換して理解する方法として、中学校の理科教材として物理分野における光の屈折に関係する実験や、科学分野におけるBTB溶液の酸性、中性、アルカリ性の判別などに用いられる。
4.成果物:からだで感じる統計情報シリーズ
研究目的の内容に基づき、人口をテーマにした統計情報を体性感覚で理解できるよう変化させたコンテンツを5つ製作、それらの総称を「からだで感じる統計情報シリーズ」と命名した。下記にてそれぞれのコンテンツの内容を示す。
ⅰ.ペットボトルで感じる未来の労働人口
本コンテンツで労働人口の推移と未来予測を行ったデータを用いた1950年代から労働人口が上昇し、1990年代をピークに下降。2050年には1950年代とほぼ同等の人数になるというデータである。
これらをペットボトルの水量による重量の変化で表現した。1950年から2050年までの100年間を20年ごとに区切り、最高値を示した1990年を基準とし、それ以外の年は基準との割合に応じて水量を減らすことで調整し、図のようにホルダーを利用して腕からぶら下げ使用する。

ⅱ.背負って感じる「増加する労働者の負担」
本コンテンツでは、65歳以上の高齢者1人に対して労働者(20歳~64歳)が何人で支えているかを表した統計を元にした。1高齢者に対する労働者の数は1965年が約10人に1人だったのに対し、2011年には3人に1人、2050年には1人で1人を支える事になるとされる。言い方を変えれば、高齢者を支える労働者の負担は85年間で約10倍になるのである。
そこで、この変化を実際に背負う事で体性感覚に置き換えることとした。肩掛け鞄にそれぞれの年に対応する重りを入れることで変化を体感することが出来る。

ⅲ.2つに分けて感じる「婚姻件数と出生数の関係性」
本コンテンツでは婚姻件数と出生数が年間単位でどのように変化してきたかを扱う。統計によると、例外はあるものの、1960年から2000年のデータを用いた場合、1970年を境に婚姻件数と出生数が減少している事、多くの場合、1年間の出生数は婚姻件数の約2倍になる事が分かった。
この関係性を表現するために制作したものが写真の成果物である。全体の長さは1970を基準に調整し、毛糸で巻いた範囲を出生数、アルミホイルで包んだ範囲を婚姻件数とすることで、二者の関係を1つのコンテンツで表現した。

ⅳ.触って感じる「働く高齢者の数」
本コンテンツでは、生産年齢人口のうち60歳以上65歳未満の高齢者の割合を扱う。統計によると、2010年から40年以上、高齢者の割合は生産年齢人口の12%を占めるとされている。
これを触って理解できるよう、木板に100個の穴を開け、その年の高齢者の割合に応じて、穴をビー玉でふさぐ事で生産人口において何割の高齢者が働いているかを表現した。

ⅴ.ビー玉100個の重さで感じる「働く外国人労働者」
最後のコンテンツで試用したデータは2009年から2025年に増えると予想された外国人労働者の数である。16年間の間に外国人労働者の割合が約100人に1人から約50人に1人に増えるという事が示されている。
そこで100個のビー玉を写真のように容器に入れ、外国人労働者に相当する数のビー玉にはアルミホイルを巻きつけることで触って分かるように調整した。

5.考察
上記のコンテンツを実際に健常者に使用してもらい、その様子を観察したことから以下のことが考察できた。
ⅰ.複雑な意味合いを持たせることが難しい
統計上の数値が「増えた」「減った」などを体感することは、比較的に狙い通りに出来たものの、そこからさらに深い意味を持たせる事が困難であると考えた。理由として考えられるものとして、以下の2つが挙げられる。
第一に、視覚情報と異なり、一度に大量の情報を処理出来ないため、比較に時間がかかり、比較対象の印象が薄れてしまうためではないかと考えられる。
第二に、健常者にとって体性感覚を意識的に知識の習得に活用する機会が視覚障害者よりも少ないため、視覚障害者の基準でコンテンツを設計してしまうと、健常者にとって認知が困難になるためではないかと考えられる。
ⅱ.新鮮に情報を感じ取ることが出来る
上記のように、課題も存在するが、情報の変化を筋肉や触覚を利用して理解できることを「面白い」とする声や、体験している人を見て「やってみたくなる」というコメントをもらうことが出来た。
これは、前述した通り、体性感覚で知識を習得する経験が少ない故に、これまで視覚で捕らえてきた情報が新鮮に感じられるためではないかと考えられる。
以上のことから、前述の問題を解決した上で、直感的な統計情報の理解に繋がる可能性があると考えられる。
6.結びに
筆者の経験を踏まえた上で、体制感覚を用いて理解する統計情報コンテンツのシリーズを制作することができた。その結果、視覚障害者と健常者では情報を入手する際の体性感覚を利用した知識の習得の経験に大きな差があることが分かった。故に課題も大きく残ったが、この事実を上手に活用すれば、健常者とってより分かりやすく、それまでとは異なる視点で情報に触れるコンテンツを作る事が出来るだろう。
今後は研究目的3に向けてのブラッシュアップとバリエーションの向上を目指していきたい。