自然環境に着目した「ときの流れ」の蒐集とその視覚表現の研究


Keywords: 定点観測, フィールドワーク, 自然環境

1.はじめに

世界は変化の連続であり、その変化の積み重ねが我々の考える時間の概念、「ときの流れ」を形成している[1]。しかし、近年の情報端末の普及に伴い、多くの人々は外の世界との接点を人為的に構築されたネットワークに求めつつある。テキストや数字などのデジタルデータは、経年劣化したりせず、変更や消去も簡単である。それらは徐々に流れていく時間を我々に感じさせるような特性は持たない。
この「ときの流れ」を実感させる対象として、我々と常に共にあり歴史を蓄積してきた自然環境が挙げられる。ここでいう自然環境とは、頭上に広がる空や生い茂る草花、虫や動物たち、川や海などの水、天候などから漂う空気のことを指す。自然現象の変化から、我々は四季や月日の変遷に気づき、「ときの流れ」を実感する。すなわち、自然環境は、時間の微細な変化をダイレクトに実感させるものである。それらを再構成して提示することで、外の世界との接点を失いつつある人々に、新たな感情を呼び起こすことができるのではないかと考えられる。

2.研究の目的

本研究は、自然環境から「ときの流れ」を実感できるビジュアル表現の制作を行うものである。神奈川県川崎市と筆者の地元である山梨県甲府市を対象に、定期的にフィールドワーク・定点観測を行う。そして蒐集した自然の姿を再構成して、視覚化した表現を行う。制作した作品に触れた人々が「ときの流れ」の感覚を再認識し、自らも探したくなるような情緒を発生させることを目的とする。

3.先行事例との関連

時間の推移を視覚性から伝えた研究として、四万十川の水面の水の流れを連続撮影し、連続写真として作品化した「scene of time」[2]がある。ページをめくることで現れる常に変化を続ける水面から、四万十川に存在していた時間を感じ取ることができる。水面の変化は人工的に操作することが困難であり、より自然や時間の実態を掴むことのできる媒体である。
しかしながら、ページをめくる以外のインタラクション要素が少なく、時間の変化を自分ごととして捉え、考えることは難しい。
以上から、本研究においては、上述したような自然から時間認識の観察を行うが、先行事例にはない「鑑賞者が触れることで追体験し、普段は見えない視点に気付く」作品づくりを目指す。

4.調査と分析

4.1.フィールドワーク

上記した「ときの流れ」に関するテーマ決定を行う過程において、神奈川・山梨の両県で主に緑地又は河川敷を、前期中に計10回のフィールドワークを実施した。実施を重ねる中で、我々はいかに多くの看板の広告といった、人工的な情報に囲まれているかを実感した。またそれらの情報は、人々に印象を強く残すように工夫されているため、自然環境の変化を霞ませてしまうことにも気付かされた。
緑地や河川敷には、人々に印象を残す目新しさはなくとも、誰もがいつかどこかで見たことのある風景である「懐かしさ」といった感情を発起させる。季節や月日は無論、積み重ねてきた年齢など、広義の時間を自分事として捉える上で強い影響を及ぼすのではないかと分析した。

4.2.定点観測

後期はフィールドワークに加えて空、特に雲に着目し、神奈川・山梨の両県で定点観測を行った。カメラを固定し、午前10時前後から日が沈む19時前後まで8月は60分、11月は30分ごとに撮影した。
太陽が昇り朝を迎え、日中は青空を見せ、夕焼けが空を焦がし夜に月が輝く。空の変化は、我々が最も実感しやすい「ときの流れ」の一つである。その空の観測の中でも、雲の不思議な出現や形の変化は特に目立ち、筆者にとって「ときの流れ」による情緒を強く感じることができた。雲は不規則に変化するものであるが、動物や人の表情など雲以外の何物にも見えることがあるのは、多くの人が経験したことがあるだろう。しかしその形を保っているのも一瞬であり、その心の引っ掛かりは刹那的な儚さをもつ。定点観測による雲の変化を写し取ることは、微細な変化を際立たせ、人々に情緒を感じさせると分析した。

5.成果物「ささくれみたいに居座って」

5.1.共通コンセプト

並べられた写真を眺めるだけではなく、鑑賞者が自分で「重ねていく」インタラクションを加えた。これによって、変化していく空や雲から外の世界へ「ときの流れ」を相互的に考えるきっかけとなるビジュアルコンテンツとなることを目指した。

5.2.共通概要

山梨・神奈川両県での定点観測から蒐集した自然環境、主に空の記録を元にプロトタイプ、そして2つの成果物(荒川版・多摩川版)を作成した。どちらもレイヤー(ページ)を上に重ねるたびに時間が経ち、やがて夜を迎える。
表現媒体として、動画ではなく紙を選択した。紙は実際に触れることが可能であり、一つの空や雲の画を切り取ったり重ねたりすることができるためである。
またタイトルは、詩情のあるものを採用した。ささくれというと、一般的には生活習慣の乱れなどマイナスなイメージを持つものである。しかし、その傷みからはささくれを気にしてしまうように、意識して見るきっかけにして欲しいと考えた。加えて、印象的なタイトルも珍しさを心の引っ掛かりとして留めて欲しいと考えた。

5.3.『-荒川-』概要

8月に山梨県で定点観測を行い、そこで撮影した計16枚の写真を使用した。こちらはレイヤーを重ねるたびに時間と雲の流れが左から右へ変化していくものである。レイヤーは左側が切り取られており、重ねるたびに60分前の空が帯として現れる。

5.4.『-多摩川-』概要

1月に神奈川県で定点観測を行い、そこで撮影した計15枚の写真を使用し、ページ全面に配置した。両面印刷されており、見開きで広げると30分前の雲の写真と見比べることができる。山梨版よりも細かく時間を割り、全面の写真を使用しより雲の変化を分かりやすくした。

6.今後の課題

テーマを「空」に設定した上で、成果物では1日という短い時間の中でのビジュアル表現に絞った。季節ごとの空や雲を蒐集することが次の課題となる。また「重ねていく」ことに重点を置いたため、「流れる」という点に関しての検討が必要であった。
加えて、今回は空という限定的な対象となったが、1.で述べたように広い自然環境の中でより「ときの流れ」の表現を行うことが必要である。

7.おわりに

本研究では、自然環境を蒐集し、主に空・雲に着目して「ときの流れ」を実感できるビジュアル表現の制作を行った。定期的に同じ場所を観察し、自分の周囲の環境を見つめ直し、「ときの流れ」の積み重ねを実感できた。人の心には、新しいことを自分で発見することに対する楽しさがあるのだと気付かされた。世界は、「ときの流れ」を感じる機会に溢れている。この作品が、広い世界に少しでも目を向けるきっかけとなることを期待したい。

8.参考文献

[1]株式会社平凡社(2007) 「世界大百科事典 第2版」 pp.113-117
[2]原研哉ゼミ(2005) 「Ex-formation 四万十川 scene of time」 pp.149-155