地域住民のシビックプライドを醸成するためのブランディング実験 – 向ヶ丘遊園駅周辺地域を題材として –


Keywords:グラフィックデザイン, 地域ブランディング, 参加型デザイン, VI

1.はじめに

小田急線向ヶ丘遊園駅周辺地域は、豊かな自然環境と歴史ある街である。自然や水辺といった自然資源に加え、大学やミュージアムなど知的資源も多く存在している。行政は多世代が住みやすい街を目指し、地域特性を活かしたまちづくりを推進している[1]。
この地域の駅名である「向ケ丘遊園」はかつて存在した遊園地にちなむものであるが2002年に閉園してしまったことにより、名前だけが残り、市民の中でもそのアイデンティティは薄まりつつある。
現在の向ヶ丘遊園跡地利用は、2014年の住宅開発の白紙撤回以降、開発の計画は立っていない。今後の跡地開発については、行政と企業と市民が「緑を守りながら、市民の憩いの場にする」というポリシーに合意をした形になっている[2]。しかしながら、世代が入れ替わる頃には住宅開発などの跡地利用計画が再度浮上する可能性もあると考えられる。
将来に向けて、貴重な地域資源を守っていくには、市民の一人一人の街に対するシビックプライドを高めていく必要がある。シビックプライドとは、都市に関係する人々がその都市に対して持つ誇りや愛着のことである[3]。 当時の「向ヶ丘遊園」には、豊かな自然環境や市民のいこいの場としての役割があった。地域資源を守ってきた「向ヶ丘遊園」の歴史と市民の姿勢は、今後も豊かな自然環境を守っていくために、後世に伝えていくべき存在であると考えられる[4]。

2.研究の目的

本研究は、向ヶ丘遊園周辺地域の住民を対象に、シビックプライドを醸成するためのブランディング実験を行う。再構築・再現した遊園地を題材にしたビジュアルデザインを行うことで、住民に向ヶ丘遊園の街の未来について問いを提示することを目的とする。架空の存在を実験的にデザインし、それが住民一人一人のシビックプライド醸成のきっかけをつくる媒体となることを目指す。
また、住民である筆者の立場から、当事者がデザインすることの意味と地域コミュニティの受容・変化の過程についての考察を行う。

3.先行事例との関連

地域ブランディングの事例として、「I amsterdam」がある。アムステルダムは、世界的文脈でのポジショニングが下がりつつあるという問題を抱えていたため、都市のブランディングを行なった。本研究では、街の「外」との競合を意識したこの事例とは異なり、街の「中」に着目し、残された地域資源を活用したブランディング実験を行う。

4.調査と考察

調査として、「向ヶ丘遊園の緑を守り、市民いこいの場を求める会(以下、遊園の会)」へのインタビュー、遊園地が当時発行していた資料の調査、フィールドワークの3点を行なった。それらのインプットをもとに、「人の手によって豊かになる里山遊園地」というコンセプトを立案した。戦前の開園間もない頃の緑豊かな遊園地をベースに、遊園地跡地の豊かな自然を活かし、それを憩いの場に活用していく誇りある住民の姿を描き、デザインする。

5.成果物

5.1.コンセプト

昔の里山のように自然と人々が心地良いバランスで共生し、自然と人々が活かされる場所になることは、今日では目指すべき近未来的なことではないかと考えた。地域住民の昔からの愛着をノスタルジックな雰囲気で表現するとともに、近未来的な新しさも感じさせるビジュアルデザインを検討した。

5.2.ビジュアルアイデンティティ

ビジュアルアイデンティティ(VI)には、「5.1. コンセプト」に加えて、様々な形に展開できるビジュアルデザインを行うために「基本図形の組み合わせでいろんな形が作られるように、元からある資源やそこにいる人々が活かされることで楽しい場が生まれる。」という参加型の要素を加えた。
このコンセプトの背景は、向ヶ丘遊園の開園当時からの歴史をもとに見出したものである。開園当時は、市民の手によって草木の手入れや売店の運営がなされていた。現在も地元の人々による跡地利用をめぐる活発的な運動や空き地を利用した「まちなか遊緑地」のイベントが行われている。人々の、そこにある資源を活用して楽しむアクティブな精神をビジュアルアイデンティティのデザインに組み込んだ。

シビックプライドを高めるための1つのツールとして、このビジュアルアイデンティティを使用したパズルキットを制作した。パーツを使って遊園地にちなんだモチーフを人々が自由につくることができる。

5.3.VIを展開したブランディング制作

コンセプトを基に、ブランドステートメントや架空の遊園地のチケット、ビジュアルアイデンティティを展開したアイコン制作、タイポグラフィの選定を行った。

6.活動結果と考察

6.1.活動結果

2018年11月17日に登戸の空き地を活用したイベント「まちなか遊緑地」に遊園の会のブースを使用してパズルキットやブランディング制作の一部を出展した。来場者の地域住民の中には、制作物に関心を示し、キットを触りながら、かつての遊園地の思い出や街のことを語り出す人もいた。キットを通して、遊園地を知らない子供に、かつて遊園地があったことを話す親子の会話も見られた。

6.2.考察

本研究の制作物は架空の遊園地を題材にデザインしたものだったが、それをきっかけに向ヶ丘遊園という場所を来場者に想起させることができたと考えられる。

7.今後の課題

実在したが今はない遊園地を題材に実験的なブランディングを行ったものであったが、法政大学第二中・高等学校の学生に向けて行われる生田緑地のフィールドワークでの地域資源に対する意識調査のツールとしてキットの使用の提案を受けることがあった。このことから、制作物の目的を地域コミュニティの中で理解してもらうためには、デザインの考え方を浸透させる必要があると考えられる。コミュニティの中でのデザイナーとしての立ち振る舞い方が今後の課題である。

8.おわりに

本研究の活動を通して、地域住民に向けたデザインでは、地元出身者がつくることがなによりも制作物の説得力になっているのではないかと感じた。地元の地域で活動することの意義や可能性を認識した。2月20日から22日に専修大学サテライトキャンパスにて遊園の会と共催の展示会を行う予定である。

参考文献

[1] 川崎市総合計画2017
[2] 専修大学社会科学研究所月報 No.579 2011年9月20日聞き取り「川崎市向ヶ丘遊園の跡地保全をめぐる市民運動 – 藤子・F・不二雄 ミュージアム設立前史 – 」
[3] 『シビックプライド – 都市のコミュニケーションをデザインする』2008年
[4] 『意見集・向ケ丘遊園跡地によせるあなたの夢・私の夢』2003年12月発行