写真から解釈される“良さ”の観点の探究

写真,言語化,省察、ナラティブ

[NE21-1142E/MCプログラム]

1.はじめに

 私たちは日々写真と触れ合っている。スマートフォンなどのカメラ付き端末の普及により、写真を撮影する機会が増えた。それに伴いあらゆる場面で写真が撮影され
るため、大量に写真が生まれる。

 そうした中で自分自身がなぜ写真を撮るのか考えることがある。記録や記念、作品など様々な理由が考えられるが、その背景には何かしらの意図があるはずである。そして、その意図はその人自身が関係している“良さ”に結びついているのではないか。撮影者自身がその瞬間や場面をどこか良いと感じたからこそ、撮影しているはずだ。

 しかし、その“良さ”は撮影した瞬間には外に向けて明らかになっているものでない。おそらく無意識のうちに良いと感じで撮影しているはずである。また、意識をしていたとしても、なぜそれが良いのかという事について深く考えているわけではないはずだ。

 そこで私は撮影してきた写真を分析することによって自分自身が何に“良さ”を感じて写真を撮影することができるのではないかと考える。また、分析を通して良さを感じた観点についてなぜそう思うのかを考えることで“良さ”の源泉を探ることができるのではないかと考える。

2.研究の目的

 本研究では撮影した写真を分析し、私が写真の何に対して良さを見出しているのかを明確にすることを目的とする。また、そこから自分自身について省察し、なぜそれを良いと感じるかという、良さを感じる根本的な要因について明らかにすることを目指す。

3.分析

3.1.方法

 まず私が撮影した中で良いと感じた写真をリストアップした。そしてその写真それぞれについてどの部分が良いと感じたかを書き出した。その後書き出した中からキーワードを抜き出し、分類をした。その後、各事項についてなぜ良いと感じたのかについて深掘りを行った。さらにそこから見えた要因についても分析を行った。

3.2.分析結果

 分析した結果、私が良いと思う写真の要素について主に三つの分類があることがわかった。一つ目は「コントラスト」である。これは明暗や色、構図や被写体の属性について関わるもので、二項の対立する要素がある事である。そうしたコントラストのある写真を私は良いと思う。二つ目は「雰囲気が伝わる写真」である。写真を通してその場の空気や状態を肌で感じ取れる写真が良い写真だと考えている。そのために質感や構図、光の使い方などが重要になってくる。三つ目は「静と動が混在した写真」である。これは瞬間を切り取る写真において止まっているものと動いていてブレているものが共存しているものである。この双方の状態がうまく融合し、写真内に現れている写真も良いと感じる。

 ではこの三つの要素をなぜ良いと感じるのだろうか。まず、コントラストについては被写体の存在や表現がよりはっきりする効果があることや、写真全体に安定がもたらされるからである。コントラストがあるということは明暗や色、構図や被写体の属性などで二項の対立がもたらされている。この対立により、二項の片方もしくは双方の存在感を際立たせることができる。また、表現したいことがはっきりする。さらに構図的に安定した状態にもなる。その状態を私は良いと感じている。次に雰囲気が伝わる写真だが、私は主に都会の場所で夕方や夜の時間帯や快晴、雨の天候の場面が好きだ。そうした自分
の好きが押し出された写真であることに良さを感じている。最後に静と動が混在した写真について。こちらは現実では知覚できない状態を見ることができるからだと考える。先ほども述べたように写真は一瞬を切り取るものである。その特性を活かし、動作途中のものを写真内で動かし残像を記録することができる。この現実では決しじている。以上をまとめると 1.コントラストははっきり
した表現や存在感を際立たせる、写真内が安定するため良い、2.雰囲気が伝わる写真は自分の好きが前面に出ていて良い、3 静と動が混在した写真は.現実にない表現になり良い、という三つの要因が浮かび上がった。

 さらに深掘りをしてみる。先ほどの深掘りから見えた三つの要因について良いと感じていることがわかったがなぜその要因を良いと感じるのだろうか。ここからは写真だけでなく自分自身にも焦点を当て、分析を行なったまず、コントラストから見えた要素を良いと感じる点については、実際の私がはっきりしない、中身がない、不安定な人間だと感じているからである。私は普段どっちつかずの態度を取ったり、中身がないような行動をしたり、様々な面で安定しなかったりする人間だ。そうした現実の自分がいるものの、本当はそうでない姿を目指したい。そこで写真にその要素を投影することで、理想の
姿を目指しているのではないか。次に雰囲気が伝わることから見えた要因については自己主張できていることが関係していると考えた。現実の私は好きなものや自分の思いを口にして伝えることが多くない。それは自己を出すことで問題が起こることへの不安があるからだ。だが本当は自分の思いをしっかり伝えることが重要なのはわかっている。だからその一歩として写真から自分について発信することを無意識のうちに行なっているのではないだろうか。最後の静と動から見えた要素としては現実の状態を好ましく思っていないことが表れているのではないだろうか。シャッタースピードの特性を活かすこと
で現実では見ることができない状態を記録することができる。この現実にない状態の写真がいいと思う理由が現実の状態を好ましく思っていないことにあるのではないだろうか。それは自分自身や自分の置かれた環境など様々だが、満足しない、いい方向に変えていきたいなど基本的にはプラスの方向であるものの、現状に納得しているわけではない。だからそうした現状を変えたいという思いが写真にも表れているのではないだろうか。

4.考察

 分析を行った結果、私が写真を良いと思う要素について理解することができた。三つの良いと思う要素がありそのそれぞれについて根源的な理由までも深掘りすることができた。その結果、三つの要素全てから現実と違う自分を求める、表現する私の姿が見えてきた。現実の自分は中身がなく、はっきりしない人間だ。また、何かと不安定で不安を恐れている人間だ。そんな私だがその姿には納得がいっておらず、今とは真逆の理想に向かって変わりたいと考えている。そんな思いが写真の内面に現れているのではないだろうか。

5.成果

 成果としては自分自身が写真に対してどのような良さの観点を持っているのか明らかにできたとともに、自己理解を深められたことが挙げられる。私は写真を良いと感じる観点が主に三つある。それぞれの観点について何が良いのかを言語化することができた。さらにそこから深掘りすることで各要素を良いと思う根源的な理由も明らかとなった。それは現実の自分に抗い、理想を求める私の内面を映し出していることであった。

 このように写真の良さの観点を理解するだけでなく、自分自身について省察を行なったことで、自己理解が深まったととともに、ナラティブな研究となった。

 また、分析から出てきたキーワードである「不安」や連想される「孤悲」をテーマに写真の撮影を行なった。不安や不安定な出来事や現状、現実世界を恐れている等身大の私自身を写真で表現することを目的とした。そして発表会ではその写真の展示も行った。

6.おわりに

 本研究によって写真を深掘りしていった結果、私が写真に対して良いと感じる観点について理解することができた。またそれだけでなく、自己理解も深めることができた。写真はただ趣味として楽しんだり、創作の手段として活用したりするだけでなく、自分自身を理解するためのツールとしても非常に有用だと理解した。今後も写真を楽しみつつ、私自身をよく知るためにもうまく活用して付き合っていきたい。