公共空間におけるプライベート空間形成のためのプロトタイピング

パブリックハック,スツール,簡易建築

[NE21-1164D/CDプログラム]

1.はじめに

 公共空間は、人々の生活の質や社会的交流を支える重要な基盤である。しかし、その利用においてプライバシーや快適性の確保は依然として課題であり、日本では地震大国という背景から避難所生活の空間設計の改善が急務となっている。[1]

 避難所生活においては、画一的な量産型空間が提供されることが多く、これが利用者の多様なニーズに対応しきれず、不満やストレスの要因となっている。新型コロナウイルス感染症の流行により、個人空間の確保が感染防止の観点からも一層重要視されるようになったが、従来の設計アプローチではこうした要求に十分応えられないのが現状である。

 一方で、人々は快適な空間を自ら構築する能力を有している。私はこの能力を「人間の営巣本能」と呼び、この本能が避難所などの公共空間の設計における重要な基盤となると考えている。この本能はかつて江戸時代のヴァナキュラーな工夫やサーキュラーデザインを通じて日常生活に発揮されていた。[2]しかし、集合住宅の普及や大量消費型社会の進展により、この本能は次第に衰退している。

 災害等の予測できない事態に備えるために、人々が日常的に主体性を持って、公共空間に個人空間を構築できるような「心的態度を涵養するデザイン」が求められる。

2.研究概要・先行研究

 本研究は、公共空間における個人空間同士の共存を可能にする設計手法を探求することを目的とする。具体的には、避難所や都市部の公共空間、あるいは活用されていない一時的土地など、多様な環境において、個人空間が自立分散的に形成されるプロセスを明らかにし、それを支えるプロトタイプを設計・開発する。また、ワークショップ形式でのフィールドリサーチを通じて、使用者が主体的に空間を形作る体験を促進し、地域コミュニティが空間設計に関与できる仕組みを構築する。

 公共空間と個人空間の関係性については、デザイン学や建築学で広く議論が行われている。ブルーノ・ムナーリは、システム思考を用いた要素間の相互作用が新たな価値を生むことを提唱しており[3]、アルトゥーロ・エスコバルは、ノンデザイナーが主体的にデザイン活動に関与することで、社会や空間の再構築が可能になると述べている[4]。一方、建築分野では、バーナード・ルドフスキーがヴァナキュラー建築の地域性や持続可能性に注目し、ノンデザイナーが建物を自然環境に適応させる能力があることを示している[5]。さらに、塚本由晴はヴァナキュラー建築を「ふるまい学」として再解釈し、空間
そのものが人間の行動を形成する主体となり得ると論じている[6]。ヤン・ゲールの研究では、人間スケールの設計が社会的交流を促進し、公共空間と個人空間の共存に寄与することが指摘されている[7]

 これらの研究は、本研究の設計手法における理論的基盤を形成している。こうした先行研究を踏まえ、本研究は従来のトップダウン型デザインの限界を超え、ユーザー主体のプロセスを重視することで、現代社会が直面する公共空間利用の課題に対する実践的な解決策を提示することを目指す。

3.リサーチ

3.1.個人空間に関するリサーチ

 人々が快適な空間を構築する能力を調査するために、都築響一著『TOKYO STYLE』[8]の手法を参考に、実際の居住空間を訪問・宿泊し、空間の構成を描き起こして記録した。(図 1)この調査により、利用者が自らのニーズに応じて空間をデザインしている実例を数多く収集することができた。記録した空間の多くは、機能性と個人の趣味嗜好が融合したものであり、快適さを追求する営巣本能の一端を垣間見ることができた。

図1 自分部屋リサーチのスケッチ

3.2.公共空間でのアクティブリサーチ

 東京都狛江市では、駅前再開発に伴い、歩行者利便増進通路(ほこみち)の設置と活性化が進行中である。(国土交通省,2024)

 2025 年の運営実装に向けて、2024 年はその社会実験を行っている。私は、社会実験の実践者として、ほこみち及び駅周辺で様々な企画を行い、自分の研究とつなぎ合わせてリサーチを行った。(図 2)

 市民が公共空間を私的に活用しつつ、当事者意識を持つ場面を多く確認できた。これらの活動は、公共空間を個人空間へと転換する可能性を示唆するものであり、空間設計における柔軟性の重要性を再確認する契機となった。

図2 えきまえ広場における実践

4.プロトタイプの検討・制作

4.1.検討

 本研究では、リサーチの結果、ダンボールを椅子のように活用する様子が観察された。この観察を参考に、ノンデザイナーでも簡単に空間を生み出せるよう、「スツールのようなもの」をプロトタイプとして制作した。ただし、本研究の成果物としては、椅子以外の形態も検討可能であるため、必ずしも椅子に限定されるわけではない。

 プロトタイプの設計には、アルヴァ・アアルトの「スツール 60」に見られるスタッキング可能な構造や、マックス・ビルの「ウルムスツール」の多用途性が重要な示唆を与えた。これらのデザイン要素を参考にしながら、個人空間の形成に寄与する新しい構造を模索した。

4.2.制作

 「ウルムスツール」の 6/1 模型を制作し、組み合わせや積み重ねの実験を通じて、プロトタイプの機能性と空間形成の柔軟性を検証した。

 その後、ウルフスツールから派生したプロトタイピングを 10 個作る。比較的加工しやすい MDF 材と 3D プリンタでの出力で、3~6 個のモデルを作成し、その多用途性を検証した。

5.本研究の考察

 本研究では、公共空間において個人空間を形成する行為が、人間の営巣本能を呼び起こし、災害時の避難所などで個人空間を喪失した被災者にとっても、有効な心的態度の涵養につながることが示唆された。さらに、ユニット性のあるプロダクトの活用により、特別なスキルを持たない一般市民でも公共空間に個人空間を自然に形成できることが観察され、空間設計の当事者意識が専門家から市民へと拡張される可能性が確認された。このプロセスは公共空間の価値を再定義し、利用者の創造性を引き出すだけでなく、災害時の柔軟な空間活用にも寄与すると考えられる。

 さらに、市民が主体的に空間を形成するプロセスは、単なる機能的な設計にとどまらず、公共空間の価値を再定義し、多様な創造性を引き出す場となり得る。その結果、画一性の強い都市デザインに対する新しい視点を提示し、街並みや風景にオリジナリティや個人の趣味嗜好が織り込まれることが期待される。このような取り組みは地域コミュニティを活性化するだけでなく、災害時に求められる柔軟な空間活用に対しても有効な手がかりとなる。本研究の成果から、ユニット性のあるプロダクトの適応性や持続可能性をさらに高めるとともに、さまざまな空間での運用事例を積み重ねることが、今後の課題
となる。こうした実践的知見を蓄積することで、災害対応から日常の街づくりまで、一貫して市民の創造的な関与を支える総合的なデザインアプローチが確立されることが期待される。

参考文献

[1] 内閣府(防災担当), 2022, 『避難所運営ガイドライン(最終更新:令和 4年 12 月)』, 内閣府

[2] 石川英輔, 2001, 『大江戸生活事情―日本人はこんなに工夫していた!』, 講談社文庫

[3] ブルーノ・ムナーリ, 2008 , 『芸術家とデザイナー』, みすず書房

[4] アルトゥーロ・エスコバル, 2024, 『多元世界に向けたデザイン―ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』, BNN

[5] アンドレア・ボッコ, 2021, 『バーナード・ルドフスキー―生活技術のデザイナー』, 鹿島出版会

[6] 塚本由晴, 2015, 「窓のふるまい学/前編」, 窓研究所

[7] ヤン・ゲール, 2014, 『人間の街―公共空間のデザイン』, 鹿島出版会

[8] 都築響一 2003 『TOKYO STYLE』 ちくま文庫