Keywords:ロゴデザイン、タイポグラフィ、雨、視覚表現
[NE19-1173A/CDプログラム]
1.はじめに
ケッペンの気候区分の「温暖湿潤気候」に大部分が含まれる日本は[1]、熱帯気候に属する赤道付近の多くの国々に続いて降水量の多い国となっている[2]。
このように雨の多い日本では、古来より雨のわずかな差異をさまざまな言語表現を用いて呼称してきた。日本の中近世の言葉に蓄積された多彩な表現は、日本人が生活の中で、雨による悩みを季節ごとの恵みとして捉える極めて繊細な感覚を持ち、自然の変化とともに暮らしてきたことを反映している。しかしながら、現代人にとって雨は、特に印象の無い事象どころか、不満を感じる対象と言っても過言ではなく、感受性も失われてしまった。
そこで、視覚表現、特にロゴデザインとタイポグラフィの技法を使用して、多彩な雨の名称やイメージをビジュアルデザインに描き起こす制作を行うことにした。このデザインは、雨に関する日本人古来の感性を呼び起こし、雨に興味を抱くきっかけにつながると考えている。
2.制作の目的
TwitterやInstagramを始めとするSNSには多くのロゴデザインやタイポグラフィの作品が投稿されている。しかし、伝統的な雨の名称に着目したデザインはほとんど見受けられなかった。
そのため本研究では、日本語に蓄積された多彩な雨に関する言語表現を題材に、その感じ方の差異を際立たせるビジュアルデザインを行った。
鑑賞者が言葉とビジュアルを共に眺め、中近世の日本の言語的感性を再解釈することを目的とする。さらに雨に関するデザイン制作と発信を通して、雨の日を毛嫌い、下を向きがちな現代の日本人に向け、雨の日の空を見上げてもらい、少しでも雨に対する関心を呼び起こすことを狙いとしている。
3.制作の手法
3.1.雨の名称の調査
本研究を進める上で、インターネットや書籍[3]を用いて雨の名称をリストアップし、どのような表現が用いられているのかを調査した。その結果、雨の名称には「季節」「時間帯」「色」「地名」「慣習・伝承」「二十四節気・雑節」が用いられているケースがほとんどであった。その名称からは、当時の日本人の豊かな感性からなる言語表現を読み取れる。日本では古来より「をかし」「もののあはれ」「わび・さび」といった、「美」に対する細かいニュアンスを区別する美意識が根付いている。文学的要素に由来するこうした感性が作用し、雨に対しても多彩な表現が用いられるようになったと考える。
3.2.成果物の発信
本制作を進める上で収集した雨の名称から、雨の名称自体や言葉の意味・由来などから自身の興味を惹く言葉を中心に選択しデザイン制作を行なった。
この時、雨の名称をデザイン可能性のあるオブジェクトとして捉えながら、言葉の意味を個人的に解釈してデザインを行なった。また、雨の意味・由来をイメージした背景のデザインも行い、文字のデザインと合わせて一つの作品としている(図1)。
図 1 デザイン作例
4.成果物の応用
4.1.成果物の発信
タイポグラフィやロゴデザインの技法を用いて制作した作品はInstagram(図2)にアップロードして周知を行なった。ハッシュタグをつけて投稿することにより、デザインに理解のあるユーザーからリアクションをもらうことができ、制作の目的の達成に少しでも寄与できたと考えている。
図 2 投稿していたInstagram
4.2.成果物展示の工夫と課題
研究室展にて、これまでの制作物をまとめるかたちで展示を行った。約30cm四方に印刷した作品を壁面に8枚×8枚の正方形に並べて貼り、展示方法にも工夫を施した。制作物以外にも、雨を想起させるイメージ(雨・傘・水たまりなど)の写真も同じように印刷し、成果物とともに掲示した(図3)。この集積的壁面展示によって、次の3点を狙っている。1)自らが写真を撮影するだけでなく、研究室のメンバーにも協力を募ることで、個人の創造性を超えた一種の参加型アートの形式にもなること。2)写真を別々に並べるよりも迫力のあるかたちで雨の描写・感性を展示会来場者に投げかけること。3)雨の名称を認知させると同時に、雨の日を切り取った魅力的な一面を見せることで、次の雨天時により一層雨に注目させ、来場者には雨に対してより一層の親近感を湧かせること。
図 3 展示の様子
全体でおよそ2.5m四方の展示を見た来場者からは、さまざまな反応が上がった。「見た目のインパクトに圧倒された」「展示を見るだけでも強く印象に残るが、制作者本人からサイドストーリーを聞くことでより鮮明に制作目的を理解することができた」などの意見が上がり、「作者解説」の重要性を実感した。展示会の性質上、制作者が来場者に向けて常に説明をし続けることは難しいため、どのように捉えるか鑑賞者にある程度委ねられていたといえる。しかし、制作の趣旨を正確に伝えるためには、制作意図の言語化と伝達のための工夫は不可欠である。
5.成果物の課題
上述の通り、制作したデザインはInstagramでの発信や、展示会での陳列を利用して雨の名前の浸透を図った。しかしこれらのメソッドでは、ハッシュタグでの拡散や展示会概要の宣伝を制作者側がいくら積極的に行ったとしても、鑑賞者側がアクティブに情報収集を行っていなければ浸透させるのは難しいという課題が浮き彫りになった。そして鑑賞者側がある程度デザインのカテゴリに予備知識を持っていない限り、自発的にアプローチする状況もほとんどないはずであり、発信方法に一捻り加えることが目的の達成には重要であった。
6.おわりに
今回の研究では、雨の名称に着目したデザイン制作を行い、雨に関する日本人特有の感性を思い出すきっかけを作る制作を行なった。これまで伝統的な雨の名称を用いたデザインは少なく、今回世に発信することで現代日本人の感性を刺激する取り組みの先駆けとなったと自負している。
私もこの研究・制作を始める前は雨のことを嫌っていた現代人の1人で、可能な限り雨を避けて生活していた。しかし、約1年の間魅力的で奥深い雨の一面に接し、雨に対する知見が増え、生活の一部として捉えられるようになってきた。外部に発信する以前に自らが雨に歩み寄り、鑑賞者に対して効果的に雨の美点を伝えられるように工夫を試みた。
そして鑑賞者にはこの作品を通して雨に歩み寄ってもらい、雨の解像度を高く持ち、実生活の中で雨に対する日本古来の感性を呼び覚ますことができれば、この研究・制作の成果が上げられたと言える。自然と共に生きる上で、雨を忌み嫌うのではなく、情緒的な事象として人々が再考する一助となることを願う。
参考文献
[1] WORLD MAP OF THE KÖPPEN-GEIGER CLIMATE CLASSIFICATION UPDATED
http://koeppen-geiger.vu-wien.ac.at/present.htm
[2] 世界の年間降水量 国別ランキング・推移
https://www.globalnote.jp/post-816.html
[3] 倉嶋厚, 原田稔 (2014)『雨のことば辞典』講談社


